第1章 新たな始まり
(一)
「プルルルル、ル…プルルルル、ル…」問い合わせメールの着信を知らせる通知音が鳴った。大手ソフトウェアベンダーであるホライズン・ウェブ・サービス社の技術サポートエンジニアである鈴木健人はチッと舌打ちをしながら応答ボタンをクリックした。顧客が付けた優先順位の「高」
鈴木健人 は今年還暦を迎えた。大学を卒業してから 30 年以上にわたって IT エンジニアとして働いてきたが、どこか満たされないものを感じていた。
長年この分野に携わってきたにもかかわらず、この職業が自分に合っているとは思えず、自分の居場所というものを感じられなかった。常に違和感を抱いていたと言ってもよいだろう。どんなに頑張っても、同僚たちのように仕事に没頭することも専念することもできなかった。 仕事に打ち込むために必要な情熱が湧いてこなかったのだ。ITエンジニアとしてそこそこ成功しながらも、「もっと何かあるはずだ」という思いがぬぐえない。何をやっても天職には巡り合えない。彼はずっとより充実した何かを求めていたが、それが何なのか自分でもよくわからない。「自分が本当にしたいことは何なのだろう?」と日々悶々としていた。
「ITエンジニア」と言っても、実際は様々な専門職に細分化されている。一般的に知られている専門職はシステムの設計を行うシステムエンジニアと、設計書から実際に動くものを作るプログラマーだろうか。
健人はプログラマーとしてキャリアをスタートさせ、システムエンジニアを数年やった後、ソフトウェアの使い方を教えるインストラクターを20年弱やった。訳あって今は技術サポートエンジニアをやっているが、1年も経たないうちに後悔するようになった。サポートエンジニアは健人の性格に合わないのだ。平均的なサポートエンジニアは、「ケース」と呼ばれる問い合わせ案件を常に20から30件抱えていて、数十分おきに次から次へとケースを処理していく。頭の切り替えが得意な人向けの職種だ。健人は頭の切り替えが不得意で、一つのケースに時間をかけ過ぎてしまう。感情移入してしまうのか、一つ一つのケースに気持ちが引きずられてしまうのだ。一旦は一段落したと思っても、数分後には「いや、待てよ…違う視点から問題を見直す必要がありそうだ…」などと思ってしまう。一つのケースに長い時間をかけても良いのでは?という考え方もあるが、会社は次から次へと舞い込んでくるケースを、サポートエンジニアに効率よく処理することを求める。営業が効率よく売上目標を達成をすることを求められるのと同様に、サポートエンジニアは効率よく処理件数目標を達成することを求められるのだ。
当然、健人の処理件数は最下位クラスで、常にビリを争っている。若いエンジニアからは、歳のせいで頭の回転が鈍くなっている、どうしようもないオヤジと思われているのだろう。人によっては、仕事は日銭稼ぎのために適当にこなし、趣味に多くのエネルギーを注ぐが、健人にとっては仕事が命だ。当然今のこの状況を甘受することはできない。
健人は自分の天職を探す旅を2000年頃から始めた。今から23年前なので30代の後半の頃だ。その頃エニアグラムと出会い、自分がタイプ3であることが分かった。
余談になるが、エニアグラムのことを簡単に説明しておく。エニアグラムとは、約2千年前に完成したアラブ社会の秘伝の知恵で、「人間の本質は例外無く9つに分類でき、その比率は9等分である」という原則に基づいた精神的な成長を助ける人間学だ。詳しくは、Wikipediaや書籍をご参照願いたいが、私が勧める書籍は次のものだ。その理由は、その書籍の著者が、私や健人と同じ性格タイプだからだ。同じ性格タイプの人間が書いた文章は、何故かスッと頭や心に入ってきて分かりやすいようだ。ハードカバー本と、より安価な文庫本の2つのバージョンがある。
もし、性格タイプが4または6なら、次の書籍の方が分かりやすいかもしれない。どちらがどちらか忘れたが、原著者のドン・リチャード・リソとラス・ハドソンはタイプ4と6だ。
さて、本題に戻る。
自分がタイプ3であることを知った健人だったが、エニアグラムだけでは自分の天職は何なのか分かりそうもなかった。エニアグラムは各タイプの「囚われ」を中心に性格を分析する。例えばタイプ3の囚われは、「物事は常に効率よく上手く処理しなければならず、それができなければ人は良い評価をしてくれず、自分は存在する価値がない」というものだ。他のタイプも例外なくそれぞれの「囚われ」を持っており、それが悩みや苦しみ、各人に起こる問題の大きな原因となっている。
天職は見つからなかったが、エニアグラムを学ぶこと自体は楽しかったので、結構のめり込みエニアグラムに関する本を沢山読んだし、セミナーや会合にも参加した。そのセミナーや会合で出会った何人かとは今でも交流があり、健人にとって彼らは人間関係の悩んだ時の良き相談相手だ。また、仕事にも役立った。当時、健人はホライズン・ウェブ・サービス社でテクニカル・インストラクターとして、同社が開発および販売しているソフトウェアの使用方法をユーザーに教えていた。エニアグラムに出会う前は大きな悩みを抱えていた。教室で十数名の受講者に対し講義するという、ありがちな形式を採っていたが、同じ様に説明しても受講者ごとの習得度合いに大きな差が出てしまうのだ。そんな時にエニアグラムに出会い、性格タイプごとに学び方も違うことを知り、違いがあることを前提に講義するようにしたところ、その悩みは解消に向かった。具体的に工夫した点は、ソフトウェアについてインストラクターである健人が一方的に「語る」時間をできる限り短くし、受講者が実際にソフトウェアを使って実習する時間を多く取ったのだ。その実習時間の中で、可能な限り一人ひとりの性格に適した教え方を実践したところ、習得度合いの差が縮まったのだ。例えば、テキストだけでどんどん習得していくような受講者は半ば放っておき、丁寧な説明が必要な受講者により多くの時間を費やした。また、体が勝手に動くような受講者は操作がスピーディーなので、一塊の操作を何度も繰り返して「体で覚える」よう促したりもした。
そうこうする内に十数年が経ち、健人は2015年にクリフトン・ストレングスを知った。
きっかけは、友人から紹介されたこの本。
ちなみに、この本には2017年に出版された改訂新版がある。
また余談となるが、クリフトン・ストレングスについても簡単に説明しておこうと思う。
エニアグラムは人の「囚われ」に着目したものだが、クリフトン・ストレングスは「強み」に注目した性格分類・分析法だ。個人的には、自分の適職や天職を見つけるのに役立つと思っている。
健人はその本に付録として記載されているクーポン・コードを使い、早速、自分の強みを見つけるためのオンライン・テストを受けてみた。このテストは下記のURLへアクセスし、コードを購入すれば、本を買わなくても受けることができる。
https://www.gallup.com/cliftonstrengths/ja/
テストの結果、健人の上位5つの資質(=磨けば「強み」になるもの)は次のとおりだった。()内は英語における資質の名称だ。
- 最上志向(Maximizer)
- 未来志向(Futuristic)
- 自我(Significance)
- 個別化(Individualization)
- 目標志向(Focus)
このテスト結果から、健人は目的・目標を定めビジョンを持つと(未来思考×目標志向)、エネルギーを目的・目標に集中し、最短距離で一直線に進み成果を上げようとする(最上志向)。また、人の才能を見ぬく目をもっていて、その人が一番活躍できる場所や役割を与えようとする(最上志向×個別化)…ことを知った。知ったというよりも「そう言われれば、そうだな…」という感覚と言ったほうが良いだろう。しかし、上位5つの資質が分かったからと言って、すぐに自分の天職が何なのか分かったわけではなかった。「これらの資質の組み合わせが示す天職とは何だろうか…?」そこで、更に追加の料金(確か1万円ちょっとだったと記憶している)を払い、6位以下の資質の順位はどうなってるかをテストしてみた。なぜなら、6~10位の資質も性格や行動に小さくない影響を与えていると聞いたからだ。その結果は次のとおりだった。
- 原点志向(Context)
- 運命志向(Connectedness)
- 戦略性(Strategic)
- 親密性(Relator)
- アレンジ(Arranger)
これらを上位5つの資質と組み合わせると、健人の性格、考え方、行動などは次のように分析できるらしい。「らしい」というのは、これは他人による分析だからだ。また余談になるが、天職を見つけたくてコーチを雇った時期がある。以下は、そのコーチによる分析だ。
未来へ向かうために過去の体験や知識を活かし、成功体験を活用する。その反面「今ここ」、つまり現在を味わうことをおろそかにする傾向がある(未来思考×原点思考)。争いの背景を探り、各々の考えを尊重することで、お互いがわかりあい争いのない世界の実現にも大いに興味がある(未来志向×原点思考×個別化)。一人一人は個々の独立した存在であるけれど、根っこでは繋がっている…と、いうような、個を尊重する姿勢と全体として捉える視点を持っている(個別化×運命思考)。優秀な人たちと深い信頼関係を結び、その人たちを動かすことで世界を変えるような大きな変化を創り出せるかもしれないと思うとワクワクする(親密性×戦略性)。しかし、自分より優秀な人に対しては嫉妬心が湧くかもしれない(自我)…
しかし、未だ自分の天職は分からなかった。分からないのは、余り真剣に考えなかったからかもしれない。というのは、クリフトン・ストレングスに出会ってからの5年間は仕事が順調で安定しており、それが天職では無いにしても何となく心地よく、言わばぬるま湯につかっているような感覚だったからだ。その5年間の仕事とは一言で言えば「ITコンサルタント」だ。聞こえは良いが、その実態はITの「何でも屋」だ。健人はその5年間、小さいながらも自社で開発したシステムをコールセンター向けに販売している「スマホネクスト社」にITコンサルタントとして雇われていた。そこで健人は、システム開発そのものには関わらなかったが、その他のITに関するものなら何でもやった。営業マンに随行して潜在顧客への技術的な説明、その説明に必要な技術資料の作成、システムのセットアップ、システムが売れて運用が始まってからは日々刻々と出てくる情報を基にレポートの作成と顧客への送付、顧客とそのシステムのエンド・ユーザーからの技術的な問い合わせ対応、システム開発自体は外注していたのでその外注先企業とのやり取りや管理業務、また、そのシステムは海外企業の基盤的なソフトウェアの上に構築されていたので、その企業との英語でのやり取り…などなど。一見大変そうに聞こえるが、健人にとってはこの「広く浅く」的な仕事がぬるま湯のように心地よかったようだ。ちなみに、エニアグラムのタイプ3である健人は「バランサー」というグループに入る。タイプ6と9もバランサーだ。バランサーはその名のとおり何事にもバランスを大事にするし、バランスが取れている状態が好きなのだ。別の言い方をすれば、何かに偏っていることに居心地の悪さを感じる。ITコンサルタントの日々の仕事に対してワクワク感は無いが、生まれつき考えることが苦手な健人はその居心地の良さに天職を真剣に考えることも忘れ、あっという間に5年間が過ぎていった…。
(二)
そんなぬるま湯が突然終わった。新型コロナウィルスのパンデミックが起こったからだ。
スマホネクスト社には親会社があった。ホームセキュリティで有名な「コムセ社」だ。コロナ禍はコムセ社に大打撃を与えた。主要顧客は同社のセキュリティ機器やサービスを購入する一般家庭、飲食店、オフィスなどだ。コロナ禍はこれらの顧客に良かれ悪しかれ大きな変化をもたらした。リモートワークが当たり前になり、「家」には何時でも誰かがいる状態になったので、コムセ社の新規売上が大幅に減った。企業もオフィスを減らしたので、同社の悪い状況に輪をかけた。さらに、感染しやすい飲食店は休業や廃業を余儀なくされ、必然的にコムセ社のサービスを解約する店がドミノ倒しのように増加した。コムセ社は事業のスリム化を決断した。スマホネクスト社の業績は徐々に良くなってはいたが、コムセ社が買収した当初の期待どおりではなかったため、このスリム化の対象となり会社自体が精算されたのだ。必然的に健人との契約も終了となり失業した。余談になるが、精算が決まり実際に業務が終了する間は、皮肉なことにスマホネクスト社の売上が過去最高を更新し続けた。詳細は省くが、巣ごもり需要に乗ったからだ。
健人は新たな顧客を探したが、還暦間近という年齢もあってか、なかなか見つからなかった。スマホネクスト社では正社員ではなかったので雇用保険には入っておらず失業保険金はもらえず、生活費は貯金を切り崩すしかなかった。危機感と焦り、不安を抱え精神的にはキツい時期だったが、良い面を強いて上げれば、考える時間がたっぷりあったことだろう。
失業してから1年半後に、ようやくホライズン・ウェブ・サービス社の技術サポート職にありつけた。それまでのキャリアの中で、インストラクター業務の合間に技術サポートを手伝ったことはあったが、今回のように本格的にサポート業務をやるのは初めてだった。「お手伝い」とは雲泥の差で厳しいものだった。暗澹たる気持ちに思い悩む日々であったが、自分の天職が何かを「真剣に」考える良い契機にはなった。
考える中で先ず健人が気付いたのは、自分は歴史が好きなことだ。歴史小説を読み、その小説に出てきた史跡を巡り、史跡巡りの最中に見つけた歴史系の博物館や資料館には必ずと行っていいほど訪れ、時間が許す限りそこで時間を費やした。これはクリフトン・ストレングスの上位資質の6番目に「原点志向(Context)」があるからだろう。歴史を知ることそのものが好きなのだが、歴史を基に現代を理解したいという気持ちも強い。子供時代は、「どうして今はこうなのだろう?」といつもモヤモヤしていたのを覚えている。そのモヤモヤは、歴史を学ぶことによってかなり解消できた。その一方で健人は「未来はどうなるのだろう?」と考えるのも好きだ。歴史を知り現代を理解すると、その延長線上で未来のイメージが自然に浮かんでくる。2番目の「未来志向(Futuristic)」の資質が為せる技なのだろう。またタイプ3の健人はエニアグラムの「自己主張」グループに入る。他の自己主張のタイプは7と9だ。健人は自分が思い描いた未来のイメージを人々に語ることによって自己主張したいようだ。更に、「最上志向(Maximizer)」の資質から世の中を良い状態から最高レベルに引き上げたいという気持ちが強く、「自我(Significance)」の気質により自分は重要人物として他人から認められたいと強く思っている。大勢の中の目立たない一人では満足できないのだ。また、彼は、自己主張の強さを使って他の人にインスピレーションを与え、より良い未来を築くことができると感じたのだ。そしてようやく気付いた。こんな自分の天職は政治家なのだと…
だが、政治家と言っても千差万別だ。地方議員、国会議員、自治体の首長、大臣…。取り敢えずでも良いからどの政治家を目指すべきか…。そんなことを考えていたある日、本棚に、一度は読んだものの何年も放置していた本「第三の波の政治」が目に止まった。
この本の中の一節にはこう書かれている。
「新たな提案には、不確定な要素がふんだんに含まれているはずだから、広い規模で適用する前に、慎重な、地域的実験を行う必要がある。」
確かに説得力がある。いきなり国や都道府県レベルで新しい政治を始めたら、少なからずも、否、大混乱をもたらすのは必至であろう。健人は自分は地方議員や小さな自治体の首長を目指すべきと思った。 だが、市町村区は無数にある。どこの議員や首長を目指せばよいのか…。還暦を過ぎた男がいまさら鞄持ちをするというのも非現実的だ。
そんな風に思いを巡らせていたある日、幼馴染みの中川恒昭(つねあき)から電話がかかってきた。
「健くん、恒昭だけど。今週の金曜日に校長会の集まりが東京であるんだわ。どう、そのあどで呑まない?」
久しぶりに聞く生の宮城なまりが、いつも緊張気味の私の気持ちを何故かリラックスさせてくれる。
恒昭は健人の母方の実家がある宮城県黒石市に住んでおり、今は県立黒石高校の校長をしている。子どもの頃から正義感が強く喧嘩が得意なわけではないのにガキ大将や大人数に歯向かうような勇気がある人物だったので、イジメられやすい私はよく助けてもらった。今でもよく覚えているエピソードがある。当時未だ自転車に乗れなかった私がその練習中に無様な転び方をした。その時、近所の悪ガキ連中が「コイツ未だ自転車にも乗れねぇのが」と私を指さしてせせら笑ったのだ。その時、恒昭は「真剣に物事に取り組んでる人を、笑うもんでねぇ!」と一喝してくれた。健人は自分のカッコ悪さと、恒昭の行動への感動で涙がこぼれた。
「おぉ恒昭くん、呑もう呑もう」とふたつ返事で答え、東京駅八重洲中央改札口付近で午後6時に待ち合わせる約束をした。その金曜日、健人は約束時間の5分前に待ち合わせ場所に着いたが、恒昭は既に来ており、読んでいた文庫本にしおりを挟み鞄にしまった。
「よお、待たせちゃったかな?」
「いやぁ、俺もすごし前に来だばっかだ」
その日の内に黒石に帰ると言う恒昭の便宜を考え、東京駅2階の北町酒場の居酒屋へ誘った。
酒に強い恒昭は一杯目からいきなり芋焼酎をストレートで、弱い健人はレモンサワーでそれぞれの喉を潤した後は、自然と二人の故郷である宮城県の話になった。
「健くん、地方議会議員の定員割れって聞いだごどあっか?」
「ああ、ニュースの特集コーナーでやってたな。それがどうした?」
「黒石がら山の方へちょごっど行ぐど八ヶ宿っつう村あっぺ…その村の議会、もう何期も定員割れしてんだ。」
恒昭の話によると、過疎化と少子高齢化が進んだ八ヶ宿村の村議会議員には、月給15万円という報酬の低さもあり特に若い世代は誰もやりたがらない。現職の議員も年々高齢化しており、このままでは村議会がどうなってしまうのか、村の有力者たちが頭を抱えているらしい。恒昭が黒石高校の学校紹介のために八ヶ宿村の中学校を訪問した際に、その中学校の校長から愚痴とも相談とも言える話をされたのだ。
「東京にはこんなに人イッペイいるんだがら、だれが一人でも議員になってくれねぇべが?立候補すれば無投票当選で確実に議員になれっど。」と言いながら恒昭は複雑な表情で笑った。
「次の選挙はいつ?」との健人の問いかけに「来年4月の統一地方選挙だ」と恒昭が答えた。
健人は、これが彼の真の使命を追求するチャンスだと直感的に確信した。 彼は、IT エンジニアとしての人生を後にし、地域のより良い未来を創造するために他の人々と協力することができる八ヶ宿に移住すいることを即座に決意した。2年前に離婚した元妻の間には一人娘が居たが、既に社会人として独立しており身軽な健人に迷う理由は何も無かった。
「私がなるよ。その議員に。」と真顔で言い放つ健人に、
「えっ?今、ITエンジニアでええ給料貰ってるんでねぇの?議員なんど聞ごえはええげど、月15万しか貰えねぇんだど」と恒昭は心の底から驚きながらも、突飛な行動をするのは今も変わってないな…と心の中でつぶやいた。